2016年10月21日金曜日

ある晴れた朝に、ヤンゴンで100%の女の子に出会うために

僕はある晴れた10月の朝にサンチャウン通りを歩いていた。空には刷毛で佩いたような薄く霞んだ雲が暗示的に浮かんでいた。雲たちは雨期の終わりを告げる楽天的なメッセージを地表に伝えていた。

僕は雲たちの送るメッセージに応えて、それにふさわしい曲を頭の中で再生していた。テンプテーションズの歌う「マイ・ガール」やウィントン・ケリーのピアノ・トリオが演奏する「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」やニック・ロウの歌う「恋する二人(Cruel To Be Kind)」みたいな、とびきりチャーミングな曲を選曲した。
本当ならiPodで聴きたかったのだけど、僕のiPodは雨期の最中の2か月前に自宅が浸水して以来、使えなくなっていたから、頭の中で再生するしかなかった。8月の昼下がりに起きた集中豪雨で排水溝から溢れた雨水が、濁流となりサンチャウン通りから僕のアパートまで押し寄せた。その日帰宅した僕は、流れ込んだ泥水で貯水槽みたいになった部屋で、考古学者が海底に没した古代の遺跡を発掘するみたいに、水底に沈んだiPodを拾い上げたのだ。iPodは水中で永遠の眠りについたきり、二度と目を覚ますことはなかった。

Before

After

とにかく、もう集中豪雨があるたびに自宅の浸水を心配する必要がなくなったことは(少なくとも来年の雨期までは)、ドイツ軍の占領から解放されたのを知った1944年8月のパリ市民みたいに僕の気持ちを浮き立たせた。

そんなよく晴れた10月の朝、僕はサンチャウン通りで100%の女の子に出会った。
彼女はレモン・イエローのエインジーと幾何学模様のラインが入った紫色のロンジーを身につけていた。彼女の衣服はよく訓練された忠実な盲導犬みたいに彼女にぴったりと寄りそっていて、彼女にしっくりと馴染んでいた。自分で言うのも何だけど、僕はシャイで人見知りをする方だ。
でも、話しかけないわけにはいかなかった。なんといっても彼女は100%の女の子なのだ。
「よかったらモヒンガーでもどうかな? もし君が朝食をすませてなかったらの話だけど」
彼女は突然話しかけられたことに戸惑いながら答えた。「モヒンガーなら今朝家族といっしょに食べたわ」
「じゃあ、お昼にタミンジョーはどうかな? この辺に評判の店があるんだ」
「申し訳ないけど、友だちとランチの約束があるの」
だったらと、僕は通りに面したビア・ステーションを指差して言った。「僕は、ほぼ毎日夕方になるとここでビールを飲んでるんだけど、よかったら一杯付き合ってもらえないかな?」
「悪いけど、お酒を飲む相手を探しているなら他の人を誘うべきね」


やれやれ。僕は100%の女の子に出会ったことに夢中になって、この国の90%の女の子が(もしかしたらそれ以上の割合かもしれない)飲酒をしないことをうっかり忘れていたのだ。
僕は固い岩盤に突きあたった鉱山技師のような気分になった。岩盤の下には自分の望むものがあるのはわかっている。だけど地中深く埋まったそのひんやりとした岩盤は、未知の巨大な惑星みたいに、どれくらいの大きさで、どれくらいの深さなのか見当もつかないのだ。
僕が次の言葉を探しあぐねていると、彼女は別の世界に飛び立つある種の渡り鳥みたいに、きっぱりと移動の意思を示しながら僕とは反対の方向へ歩いていった。
僕にできるのは、彼女の形の良いお尻が幾何学模様のラインが入った紫色のロンジーを揺らすのを眺めることだけだった。左右に揺れるロンジーの幾何学模様は何かの信号のようにも見えたけど、どれだけ見つめていても、そこから意味のあるメッセージを読み取ることはできなかった。

そんなわけで、今日も僕はまた100%の女の子に出会うことを願いながら、サンチャウン通りを歩いている(僕のアパートはサンチャウン通りに面しているので、歩かないわけにはいかない)。
でももう一度100%の女の子に会ったとき、僕はなんて言うべきなのだろう?



候補として名前があがっていたとは言え、今年は意外な人が獲りましたね。
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