2015年3月24日火曜日

工芸からアートへ〜ヤンゴンの工芸品展に行ってきた


3月21日〜3月25日の間、"From Craft to Art ~ An Exhibition of Comtemporary Crafts"という展示会がドイツ大使館の関連施設Gothe Villaで開催されていたので行って来ました。
この展示会は、イギリス大使館、地元アーティスト支援を目的とするNPO New Zero Art Space、スイス大使館の後援で開催されています。


会場で配られていたパンフレットには、展示会の趣旨がこんな風に述べられています。
「このプロジェクトは、高品質なデザインの工芸品の製作のみならず、ローカル市場の立ち上がりを支援し、最終的に世界市場で通用するモノ作りへと道を拓き、生産者自身による中核地域が創造されることを目的としている」。
前の投稿のテーマと重なるところがあり、みんな同じ問題意識を共有しているのが分かります。地域経済圏の創造とか、ローカル性を武器にしたグローバル市場への参入とか。

趣旨はさておき、実際の展示品は、よく言えば大らかで素朴、悪く言えば大雑把で精巧さに欠けるミャンマーの工芸品の特徴が目につきました。
パンフレットには、プロジェクトの一環として、品質向上のための施策として、カナダ人インストラクターによるワークショップが開催されたと説明されていますが、なかなか一朝一夕では、このクオリティーの問題は解決されないようです。


少数民族が織った布は、ミャンマー工芸品の中で最もクオリティーが高いと思います。
しかし、こうした素材を使用して、実用品として落とし込んだ商品がないのがミャンマーの残念なところ。布だけだと、マーケットが布のコレクター(欧米人に多い)に限られるので。


展示会は即売会も兼ねていましたが、「SOLD」の札がいちばん貼られていたのは、シルバー・アクセサリーでした。中心価格が30USDと値段も手頃な上、商品としての完成度も高く、展示品の中でいちばん市場性がありそうでした。


展示会にイギリス大使館が関与していることは、19世紀に生きたイギリス人で、工業デザイナーの始祖とも言える人物ウィリアム・モリスを想起させます。
モリスは、当時のイギリスで産業革命による機械化が進展し、生産システムが大量生産に最適化される中で、プロダクト・デザインから、産業革命以前の生産品に備わっていた繊細さや精妙さが失われつつあることを批判し、職人技と手工芸の復興を訴えたアーツ・アンド・クラフツ運動を提唱者として知られています。今回の展示会のタイトル"From Craft to Art"も、モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動に引っ掛けているのかもしれません。

約130年前のイギリスで起こった職人技消滅の危機と同様の事態が、現在のグローバリゼーション押し寄せるミャンマーでも起こりつつあることを考えると、時宜を得た展示会であると言えるでしょう。

日本にも世界に誇るべき工芸家柳宗悦がいます。また、彼の提唱した民藝運動のような、日常的に使用される工芸品の美や価値を再定義・再評価した思想・哲学もあるので、こうした活動は日本や日本人が貢献できる分野でもありますね。

そういえば、この前日本に帰った時に読んだ本、岡本仁『果てしのない本の話』の中に、柳宗悦とミッド・センチュリーを代表する工業デザイナー チャールズ・イームズの交流があったというエピソードがあって、世界はいろんなところで繋がっているのだなと、改めて実感しました。

  

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2015年3月17日火曜日

日本でミャンマーを考えた 〜「ヒップな生活革命」

先週末まで、10日程確定申告のため日本へ一時帰国していました。
滞在期間中は、主に福岡の大名・今泉周辺で過ごしていたのですが、だいたい本屋行って、セレクトショップで商品眺めて、カフェで本読んで、時々友人と酒を飲んでいたら、あっと言う間に10日間が過ぎてしまいました。
今回は、そのときに感じた、日本とミャンマーの市場、市場が向かっている傾向の差異と共通点について、つらつらと書き留めます。

ポートランド・ブルックリン化する商業地区

日本に滞在中で読んだ本で、大変興味深かったのが『ヒップな生活革命 (ideaink 〈アイデアインク〉) 』です。
本書は、ポートランド、ブルックリンといったアメリカのリベラルな地域で、現在進行中の消費トレンドの変化についてのルポタージュです。
ここでレポートされているのは、グローバリゼーションの影響やグローバル企業の提供する商品・サービスに対するオルタナティブとして、地域の多様性や個々人の嗜好を評価し、地域経済への貢献を促進するライフスタイル、ビジネス、消費活動です。
グローバル企業の提供する商品やサービスは、コストが低い場所(途上国)で生産・製造されたモノを、消費地(主に先進国)へ輸送するため、消費地である先進国での雇用創出に繋がらないことや、流通経路で生じる環境負荷の高さが問題になっています。また、グローバル企業は、租税回避のため税率が低い地域で法人登記をするケースが多く、会社の収益が向上しても地域経済へ寄与しないとことも指摘されています。

同書によると、ポートランドの地元民は、スターバックスのようなチェーン系の店より、豆の選別と自家焙煎にこだわった、地場資本の店を選ぶことを好みます。
NY市内に位置する都会のブルックリンでさえ、NY近郊の農場で収穫された無農薬の農産物を使うレストランが人気だそうです。
アパレルでも、途上国の廉価な労働者によって大量生産されたファーストファッションより、地元のデザイナーが企画し、デザイナー本人や地域の縫製業者により、家内製造業的に製造された衣服を着ている方が、情報感度の高い人(つまりヒップ)と評価される傾向があります。
他にも、本を買うときはAmazonよりも地元民の嗜好を理解した棚作りをした、地域密着型の地元の書店で買う、アナログ盤を販売するレコード店が増えているなどのムーブメントがあるそうです。

ポートランドにも、ブルックリンにも、行ったことはありませんが、こうした地産地消・スローフード・スローファッションなどのムーブメントは、日本でも街に出ると肌で感じます。
4年前まで住んでいた下北沢には、地元資本の飲食店やアパレルショップが健闘しているエリアですし、今回滞在していた、福岡の大名・今泉地区でも同様の傾向があります。

今泉では一軒家を改装したセレクトショップや、こうしたタイプの店に置いている地元産の民芸的な雑貨を、街を散策していてよく見かけました。



日本で生産されたことを強調する商品もかなり店頭に並んでました。


無印良品とTSUTAYAの進化が止まらない

こうした消費動向に対応した、大手資本の店も目立ちました。
とくに無印良品は大手企業なのにも関わらず、エコロジー・地域経済的な価値観に非常に上手く対応しています。シンプルで簡素というのが無印のブランドイメージですが、原産地を大きくうたった食品、日本の地方産の陶器や、インド地方産の生地による雑貨等、特定の産地のイメージを打ち出した商品も数多く店頭に並んでいました。

少し前まで、無印はシンプルな雑貨店というイメージでしたが、今は本屋あり、カフェあり、家作りありで、無印の旗艦店が一軒あれば、衣食住すべて事足ります。無印的なライフスタイルを提案しながら、個人の生活を全てをフォローする総合店舗と化しています。
20年程前は、家具も家電も実際に買って使ってみると、けっこう微妙だった商品もありましたが、今では店舗に行く度に進化していて、コストパフォーマンスやデザインのレベルで、普通の家具屋や洋服屋が追いつくのが難しいレベルにまで達してます。
今回見に行った時は、IDEEの家具の販売やメンズスーツのオーダーメイドまでやっていて、もうかつての無印とはある意味別物です。




ヤンゴンにも欲しいわ。当分、来ないだろうけど(笑)。

同じく大手資本で、TSUTAYAの進化も目を見張るものがあります。
代官山蔦屋書店の全国展開なのでしょうが、本屋にカフェ併設で新著をコーヒー飲みながら読み放題だし、弁護士や行政書士が常駐する起業・スタートアップの無料相談窓口まであります。これはもう、意識高い系の人には堪えられない空間ですね。個人の起業の促進し、地場経済へ貢献する、ローカリゼーション的な価値観に対応したサービスでしょう。

両者ともインテリアのコンセプトが似ていて、木目調のエコ・ロハスな印象を与える作りになっています。
今はかなり情報感度が高くないと、大手資本のサービスやコンセプトを陵駕するのが難しいと実感します。
むろん個人だとユニバーサルなサービスを提供する必要がないので、特定の分野で一点突破という方法論がありますが。

20年くらい前、サンフランシスコの本屋でお客がコーヒー飲みながら、店の本を座り読みしているのを見た時、こういう本屋が日本にも欲しいと思った覚えがありますが、まさか無印とTSUTAYAが始めるとは、当時は思いもよりませんでした。なんか胸熱ですね。

ミャンマーで「ヒップな生活革命」は進むのか?

それでは、私が今住んでるミャンマーで、ポートランド・ブルックリン化は進むのでしょうか?
通常、こういうサスティナブルとか、エコフレドリーとか、手仕事への評価とか、地場資本への配慮とかの消費性向は、あるレベルまで成熟した消費者や市場が存在するのが前提とされています。
現在のミャンマーにそれがあるかと言えば、かなり疑問です。
以前、Facebookでヤンゴン在住の外国人が、H&Mの不用品のワンピースを無料であげると投稿した時は、もの凄い勢いでミャンマー女子が食いついていたのを見ても、ファーストファッションに対して、搾取や環境破壊を生み出す主体として抵抗感を持っているとは考えにくいです。
また、無農薬農業を推進している日本のNGOの方にお話を聞いたときも、ローカルには安全な食品に対する問題意識や需要がないため、今のところミャンマー在住の外国人が顧客になっていると言われてました。

ここまで書くとミャンマーでは「ヒップな生活革命」は時期尚早ということになります。
しかし、消費市場から生産現場に目を移すと違った風景が見えてきます。この国の生産現場には、先進国にはない強みがあります。

まず大幅に産業の機械化が遅れているため、織物や縫製などの手工業に手仕事の伝承が豊富に残されていること。
ミャンマーの地方では、まだ伝統的な製法による織物の製造者がかなり残っています。ヤンゴンのような都心でも、婦人服は既製服よりオーダーメイドが主流です。つまり手仕事により少量生産したプレミアム商品へ対応できる製造基盤があります。



次に流通網が未整備なため、中抜きの中間業者がほとんど存在しないこと。
中抜きの業者がいないため、直接、企画・販売者が生産者と繋がることが容易です。日本のように、流通業の業界慣行や規制に悩まされることがありません。

そして、ヒップな経済活動の実践者が現れはじめていること。
数日前に私も知ったのですが、ミャンマーで注文婦人靴を製造している日本人の方がいます(白星製靴)。
日本で展示会、採寸をして、ミャンマーの工房で製造した後、日本へ納品というプロセスでビジネスを進めています。 納品まで半年待ちということなので、かなりのバックストックを抱えているのでしょう。
他にも婦人服の分野で、オーダーメイドの婦人服事業を準備している日本人の方もいます。

少量生産によるプレミアム商品を製造できる職人や技能が残されていることは、ミャンマーにとって貴重な財産であり、先進国に対する強みです。
ミャンマーには、ヒップを評価する市場はなくとも、その市場へ対応できる生産現場があります。
先進国の先端的な消費市場へ、ミャンマーの生産現場の強みを生かして切り込んでいくのは、なかなかエキサイティングなアイディアではないかと思います。

ミャンマーの人々にとっても、低廉な労賃を目的に進出し、大量生産・大量消費の商品を製造するグローバル企業の代替可能な労働者になるよりは、独立自営業者として個人の技能や個性を認められる少量生産のプレミアム市場への供給者となる方が幸せではないでしょうか。
グローバル企業は、労賃が上がれば生産拠点を移転するという雇用の不安定さを抱えている上、キャリアにおいても個人の技能の向上がマーケットから評価されることも少ないです。中国産のユニクロより、ミャンマー産のユニクロの方が味があると評価されることはありません。

白星製靴さんのようなヒップな実践者が現れはじめているのは、ミャンマーの将来にとって示唆的だと感じています。こういった事例が増えてくれば、ミャンマーは先端市場への供給者としての地位を確立できるかもしれません。

もしかすると、ミャンマーの生活革命は、他の先進国のように消費者サイドではなく、生産者サイドからはじまるのかもしれません。



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