2021年10月19日火曜日

【小説】『ニルヴァーナ・オーバードライブ』6(1)

第二章
6(1)

 スマートフォンでグーグルマップを見ながら目的地を探したが、それらしき建物が見当たらない。チャオプラヤー川沿いの、元は倉庫街だったエリアにあるギャラリーが目的地だった。昼過ぎの日射しを浴びながら、最寄り駅のサーバタクシンからここまで歩く間に汗まみれになった。
 辺りを何度か行きつ戻りつしていると、車一台がようやく通れる幅の小道があるのに気が付いた。道の両側は植えられたシダ類の熱帯植物が繁茂している。個人宅の引き込み道かもしれないので躊躇ったが中に入ることにした。五〇メートルくらい前に進むとガラス張りの大きな二階建ての木造建築が現れた。入り口の上に「Warehouse 54」という真鍮製の切り文字が取り付けられている。ここで間違いなかった。
 大きなガラスのドアを開けて中に入った。人影が奥のカウンターに見えたが、約束の時間には間があったので、建物内をひと巡りすることにした。元は広大な邸宅だった物件をリノベーションして展示スペースやギャラリーに転用したようだ。床はコンクリートの打ちっ放しで、入り口近くに直径が二メートル近い大理石の丸テーブル、その後ろに八人掛けのチーク材で作られたダイニングテーブルが置かれている。吹き抜け構造の建物の中庭は四面をガラスで囲まれていて、内側にガーデンテーブルとチェアが置かれている。奥の窓からは熱帯植物の生い茂った庭園が見渡せる。庭園内に木製の支柱に支えられた祠が見えた。
 動線に従い中庭を回り込んで反対側の部屋に出ると展示スペースが広がっていた。部屋の両側に天井まで達する棚が置かれ、色とりどりの陶器が展示・販売されている。床には様々なオブジェが置かれている。タイの神話を反映したのであろうトーテムポール、木造の立体作品、壁に吊るされた民族柄の織物の間をくぐって、中庭を見下ろしながら奥に見える木製の階段を登る。
 二階は、壁を白く塗ったギャラリースペースとなっていた。こちらの床は、古材を使ったフローリングだ、絵画、写真、インスタレーションなどジャンル毎にそれぞれ別の部屋に展示している。私の他に若いタイ人のカップルが二組いた。
 タイ人アーティストによる絵画作品の横には、タイ語と英語で作家の説明文が貼られいる。複数の作家の作品が数点づつ展示されている。名前を知らない作家ばかりだった。
 壁で仕切られた一画にはインスタレーション作品が展示されていた。扇風機の作る風で大きな布がはためいている。後ろの壁には、プロジェクターでモノクロームのタイの古い風景写真が映されている。河畔を行き交う渡し船、青果市場の賑わい、タイの伝統的な様式で建てられた邸宅などが数秒壁に映っては次の写真に切り替わる。
 個人所有のスペースとしては破格の規模だ。一階の棚で展示・販売されている陶器の中には、日本の地酒の古い容器などヴィンテージとしては首を傾げるものも含まれていたが、大した瑕疵ではない。建物、調度品、什器、展示のすべてが個人の美意識により貫かれている。いったいどんな人物がこの施設を作ったのだろう?

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