2022年1月13日木曜日

【小説】『ニルヴァーナ・オーバードライブ』14

14

 ゲストハウスの近くでタクシーを拾って、プーから教えられた住所へ向かった。二十分ほど走って着いた場所は、ヤンゴン郊外の住宅街で、通りの両側に四、五階建の古びたアパートが並ぶ連なりが、一〇〇メーターほど先の大通りが横切るまで続いていた。それぞれのアパートの下には日本の中古車が隙間なく路上駐車されている。人通りは少ない。商業施設らしきものもないので、ベッドタウン的な地域なのかもしれない。 
 すべての建物が同様に古び、コンクリートの外壁は煤けて黒ずんでいる。個別の特徴らしきものがないため、建物の区別がつかない。路上に捨てられたゴミや果物を売る露店などの人の暮らしを感じさせるものがなければ、ゴーストタウン化した廃墟だと言われても信じるだろう。
 メモに書かれた建物の番号と、建物入り口の上部に取り付けられた金属プレートに記された番号を照合して、中に入った。狭い玄関口を抜けて、粗いコンクリートで作られた急な階段を登る。階段は埃っぽく、ペットボトルやタバコの吸い殻が散乱していた。フロア毎に向かい合わせに二つのドアがある。最上階の五階まで登って、部屋番号を確かめて、右側のドアの横に付いた呼び鈴を押した。

 内側からドアを開かれた。迎えてくれたのは銀縁の眼鏡をかけた中年女性だった。五十代の中頃だろうか。地味な茶系のロンジーの上にシンプルな白いブラウスを着ていた。何かの研究者のような学究的な佇まいの人物だった。
「ようこそ、Khin Suです」と彼女は言った。挨拶を済ませると中に通された。
 コンクリートの床が剥き出しとなった装飾のない部屋だった。壁はミントグリーンに塗られていた。ミャンマーの賃貸物件では一般的な壁の色だ。多数のカンヴァスに描かれた作品が壁に掛けられたり、無造作に重ねて壁に立て掛けられている。人が住んでいる気配はない。
「ここは私たちの作品の倉庫として使ってます」と彼女は言った。「私たちの活動についてプーから聞いてますか?」
私は首を振った。「いえ、長く活動されているということ以外は知りません」
「説明すると長くなりますが、お時間は大丈夫?」と気遣うように彼女は尋ねた。
 私は頷いた。「特にこれから予定はありません」
「じゃあ座ってお話ししましょう」そう言って彼女は部屋の隅にあった青いプラスチック製の椅子を二脚部屋の中央に置いた。我々が向かい合わせに座ると彼女は話し始めた。

続きが気になったらクリック!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
にほんブログ村 海外生活ブログ ミャンマー情報へ

0 件のコメント:

コメントを投稿